2010年12月30日

ヨーガ禅夏季特別研修会2010  特別講演

めずらしく、今日2回目の更新です。
なんとか今年中に夏季研修会のまとめを行いたかったもので・・・

特別講演「『バガヴァット・ギーター』に学ぶ死生観」
スワミ・マヘーシャーナンダ師

カイヴァリヤダーマ・ヨーガ研究所の科学的研究部門(SRD:Scientific Research Department)
の代表者(director)であり、カイヴァリヤダーマ・アシュラムの精神的指導者でもあります。

ヨーロッパや南米諸国を訪れ、ヨーガとインド思想の普及活動をされていらっしゃいます。
1999年の第34回ヨーガ禅夏季特別研修会にも
特別講演「『クリヤ・ヨーガ』について」を講演されていらっしゃいます。


さて、『バガヴァット・ギーター』とは・・・。
まず、バガヴァットの訳は「幸福・福徳を持つ者」
ヒンドゥー教では「神」という意味で使います。
ギーターの訳は、「歌」
つまり、『バガヴァット・ギーター』を直訳すると『神の歌』です。

またヒンドゥー教の一派であるバーガヴァタ派の名前に由来していることから、
バーガヴァタ派の聖典でもあります。


********

生も死も経験です。

死とは、結果です。
生があるから死がある。

死とは結果であり、
生という原因があるから死がある。

生は、私があるから生まれてきたのである。
死ぬということも私があるから死ぬのである。

死ぬということは、恐れを生じさせるもの。
死への恐れがある人は、
どうやって死ぬのかわからないけれど、どうやって生きるかもわからない。

そのための情報が必要になってきます。

前もって知りたいということは、安全を確保したいということに繋がります。
自分がどう生きるかということを準備しておきたいということです。

知っておくという事は、初心者用のプログラムです。
知っておく・・・それに自分を調整するということは、
それに自分を合わせていく事になる。
それは、初心者用のプログラム。

上級者のプログラムは、前もっての情報がない事になります。
前もって知らされることのない事に自分を合わせるには、
心の準備をしておかなければなりません。

死への恐怖は、知らないことへの恐怖になります。
そのような前もって情報のない場合は、私たちはどのようにしたらよいのでしょうか?

助けてくれる人がいるなら、それはOKです。
この場合は、誰が助けてくれるのでしょうか?


ここから少し『バガヴァット・ギーター』の内容と絡みます

『バガヴァット・ギーター』では、神の化身であるクリシュナが言います。

「私が助ける人です、あなたを自由にしてあげます。」

「もし、あなたが準備ができているなら、
私(クリシュナ)を受け入れる準備ができているのなら、
私(クリシュナ)はあなたを助けられます。」




生は変化のひとつ。
死も変化のひとつ。

それは、永遠に継続する変化です。

そして、仏教では
「全ては変わる」「常に同じものはない」
と言われています。

私たちのこの身体をみてみましょう。

私たちに喜怒哀楽を感じさせてくれるこの身体はどうでしょう?
体も変化します。

子供も成長し、大人が年を取るのも変化。
それは絶え間なく続く変化です。

皆様は、この変化を楽しむ事ができます。
皆様は、変化は好きです。変わることが好きです。
変わることへの欲求があります。

子供が生まれ、立つようになったり、話せるようになったら、パパママは嬉しいです。
それは、私たちに喜びをもたらせてくれる変化です。
これはプラスの変化です。

プラスの変化があるからこそ、マイナスの変化がある。
それは絶え間なくつづく、変化なのです。

子供のときは、成長は楽しみでしたが、
大人は成長は楽しみでなくなります。

それは、過去を捨てたくないんです。

化粧をすること、誰のためでしょう?
化粧品を買うことは、化粧品屋さんもうけさせるためですか?
自分が綺麗になるためですか?


すべて「自分を持っている」せいなのです。

自分を投げ出してみてください。

『バガヴァット・ギーター』の最後の章、
そういう風に自分を投げ出す人は、いつのまにか問題が解決します。

「私とは何か」を理解することができます。

朝の勤行がありましたが、
その時に得られた利益は、なんでしょうか。
それはきっと「とても落ち着いた気持ち」だと思います。
その影響は、まだこれからも身体に残ると思います。

最近では、スポーツジムでヨーガをやっている所がありますが、
そのようなところでやるのと、こちら(西教寺)で行うヨーガは身体に与える影響が違います。

このような環境・雰囲気の中で、ヨーガを行うことで、
皆様は利益を得られているかと思います。

そして、絶え間なく変化するという状況を受け入れる用意ができるかと思います。
存在しているエネルギーによって、
私たちは名前も違い、違う容姿になっています。

それは、大変粗雑なものから、非常に精妙なものまで、
存在するエネルギーというものがあります。

それは、固持しようとするエネルギーです。
存在しようとするエネルギーです。

そして、智識、知慧と言うものも固持することができます。
そして変化が起こるのです。

そして変化で創造が起こります。

創造という変化が「生」であり、破壊という変化が「死」なのです。

「生と死」は、「創造と破壊」です。

生から死に至るというのは旅でもあります。
だから生きるということは、まるで旅のようでもあります。

破壊という言葉は、否定的な、ネガティブな事を想像してしまいますが、
変化という言葉から見ると、ネガティブな面はなくなります。

変化というものは、破壊という言葉の違う言い方にすぎません。

知性というものは、理論の理由付けを生み出します。
それが理解を助けます。
しかしながら、その理解が苦しみの原因にもなるのです。

そのようにして破壊と言うものを解釈していく。

「死」それは破壊ですか?変化ですか?

それは解釈の違いです。
どうやって受け入れるかという事の、解釈の違い。

間違った風に考えるから苦しみが生れるのです。

それは、間違った理解の仕方です。

それは、すべて私たちがどう理解するかにかかっています。
『バガヴァット・ギーター』にもいろいろな死の見方ででてきます。


********


非常に難しく、奥深い内容でございました。

講義の中にも、質問の時間を設けて下さり、
私たちの死に対する考え方を、全て受け止めて下さり、
心理的なこと、精神的なこと、宗教的なこと、科学的なこと、
具体例を述べながら、あらゆる見地から理論的にわかりやすく答えて下さり、
頭の回転の良さに脱帽でした。

この講義のほか、初日の夜には、
「クリヤ・ヨーガ」における火の儀式、『アグニホートラ(火の祭祀)』

最終日には、上記の講義に対する質疑応答の時間も約2時間たっぷり。


講義や質疑応答のそれぞれ約2時間にも及ぶ間も、
スワミジはピンと張った背筋をまったく動かさずに、足も組み替えることなく、
姿勢もそのまま、正面をまっすぐに見据え、
そのお姿がある環境が、まさしく素晴らしい環境であったとつくづく思いました。

同じ空気を吸いながら、同じ時間、同じ空間にいたことだけで有難く感じられる講義でありました。
参加できたことに改めて感謝致します。



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Posted by kitten at 16:59 │Comments(2)京都研修
この記事へのコメント
kittenさま
 連絡先を知らないので、コメント欄に書き込みしかできません。
大変な被害お見舞い申し上げます。
早く通常の生活に戻られることを、お祈り申し上げます。
お会いできるのは夏に一度だけなので、
もしそれより早くこの欄を読んでいただく事ができたらと思いこちらに書かせて頂きました。
体がお元気なら、早く心もヨーガの精神で元気になられることをお祈りします。
Posted by ゆきうさぎ at 2011年03月13日 16:02
ゆきうさぎさま

温かいコメントをありがとうございました。
私は家族ともに無事でした。

電話も繋がらず、水も止まり、どうすることもできない時間は、
一人ヨーガをして過ごしていました。

精神的に、心を落ち着かせる為にに始めたヨーガ。
このヨーガに出会っていて、本当に良かったです。

今はただ、生きていることに感謝をして過ごし、
元の生活に戻れることを願うばかりです。

本当にありがとうございました。
笑顔で夏にお会いできますように・・・
Posted by kittenkitten at 2011年03月16日 15:25
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